もういつのことだったかすっかり忘れてしまったけれど、電車で見かけた広告が忘れられなかった。
草原には馬がいて、遠くには海が見える。 A3くらいの小さな広告だったが、遠目に見てもとても幻想的に映り、ずっと記憶の中に残っていた。
駒止の門を抜けるとそこは野生の馬がたくさん放されている。保護区とは言え、自然に放牧されている御崎馬は車を駐車し、丘を登るころにはとっくにどこかへ行ってしまっていた。ここに来る前は馬を見たいという気持ちが強かったのに、実際の都井岬はただそこにいるだけで気持ちが高鳴る場所だったので、しばらくはただ海を眺めて過ごした。
“神話のふるさと、宮崎” ガイドブックで目にするたびに思い浮かんだのは高千穂峡だった。 けれど、都井岬に着いた瞬間それはここだと思うほど美しく神聖な場所に感じた。 ただただ“ここが好きだ。”と直感で感じたほど、空も海も大地もすべてが美しかった。
宮崎空港に着いたのはお昼をだいぶ過ぎた15時頃だった。 レンタカーを借り、都井岬まで2時間半。空港を出てからずっと南国の雰囲気が漂っていた。はじめは偶然かと思ったが、車を運転する人はみんな譲り合い、滞在中常にそんな感じだったので宮崎は温厚で穏やかな人が多いのかなと思った。
速度50キロ前後を保ちながら一本道をひたすら走る。たまに海が見えると車の中では歓声があがり、山道では恐る恐る走るたびに悲鳴があがった。迂回路になっている山道は思ったよりも走りにくく険しかったが、その分着いたときの喜びもひとしおだった。
到着したのはちょうど西日が心地よい時間。 ぼけ~っと海を眺めたあと、妹と二人で丘を登る。見た目よりも急な坂道。馬の糞もそこらじゅうにある。気を付けながら歩いても上手く歩けず、結局裸足で登ることにした。
登っている途中もずっと馬を探したけれど、見つけたときにはかなり遠くにいた。そこまで行くには時間がかかりそうだ。 丘の一番上からは登ってきた場所とは反対側の海も見える。馬もこんなに美しい場所なら色んな場所を走りたくなるだろう。
西日に照らされた馬たちはとても神聖に映った。不思議な感覚に浸りながらしばらく風にあたっているといつの間にか時間が過ぎていた。
ちょうど夕日が沈む頃、夕日の広場にはいつの間にか人が集まっていた。先ほどとはまた雰囲気が変わった空に歓声をあげる人もいれば、うっとりと眺めながらその時間に浸っている人もいる。
“そろそろ行かないと暗くなってしまう。帰り道もあの迂回路を通るのに…”と何度も思ったけれど、夕焼けの美しさに見とれてしまい、なかなか動けなかった。
“昔行った都井岬がおすすめだよ。” 父の一言で宮崎といえば都井岬だと思い出した。広告を見てからあれほど行きかったのに意外と忘れているものだ。都会は目まぐるしく姿を変えていくけれど、自然の姿が残る都井岬は今も昔もそれほど変わらないのではと思った。今のわたしよりも若いころに父が訪れたと思うととても不思議に感じると同時に、同じような景色が残っていることがとても嬉しく感じた。
“美しい場所がこれからもずっと残りますように。”
夕焼け空を背にまた来ようと誓った。