三日も経てばなんとなく道を覚えることができる。ここへは電車で、ここへはバスで。そうやって何かしらの交通手段がなければたどり着けないと思われる場所ですら案外徒歩で行くことができる。ブエノス・アイレスの噂を耳にするたび、歩いたほうが安全なのでは?という思いがあった。だって、電車でひったくりにあったとか、いきなりドアから人が入ってきたとか、ケチャップ強盗がいるとかそんなことばかり聞いていたから。
パレルモ地区へは二度も行った。一度目は観光バスで、二度目はスブテ(地下鉄)と徒歩で。おしゃれな街並みに人が賑わう姿が気に入り、思わずもう一度行ってみたくなった。そしてそんな街の反対側は緑でいっぱいの公園がある。美しいカルロス・タイス植物園内には大きな木々が桜のようなピンク色の花を咲かせていた。桜の季節にこの花を見れてよかった。そんな気持ちになった。
一度目に行ったときはお昼をだいぶ過ぎていた。たくさんのレストランを一つ一つ丁寧に見る。メニューを見てもよくわからず、店内を軽く見てみるとサラダランチを美味しそうに食べる人が見えた。お肉ばかりで野菜を取りたいな。珍しくそんな風に思いこのお店に入ることにした。
結局、普段の習慣はなかなか変えられないもので、サラダランチを食べるつもりが目に留まったスパゲッティを注文した。けれどこれが大失敗。これは何味と呼ぶんだろうと言わんばかりの味で見た目も焼きそばのような、なんとも言えない感じだった。高いお店でこの失敗は痛かったけれど仕方がない。そういえばウユニで知り合った人とごはんを食べたときもスパゲッティを注文して失敗したんだった。今更そんなことを思いながら南米で白いごはんとパスタは頼んではいけないと自分の頭の中にメモをした。
隣に座ったおばあさんが孫たちと遊びながらこちらに向かって話しかけてくれた。“勉強で来ているの?それとも旅行??”簡単な英語で話しかけてくれたおかげでそこから話は広がり、“村上春樹が大好きで読んでいるの。あなたも読んだことはある?”と聞かれた。村上春樹の本が日本以外で発売されていることは知っていたが、実際に名前を言われたことにとても驚いた。そして地球の裏側で日本人や日本のことを知っている人に出会えたことがとても嬉しかった。
ブエノス・アイレスにはとても美しい本屋さんがある。レティーロ地区に泊まっていたわたしは徒歩でここへ行くことができた。「エル・アテネオ・グランド・スプレンディド」と呼ばれるそのお店は昔は劇場だったらしいが、今は改装されて本屋さんになっている。真正面には舞台が残っており、そこではお茶を楽しむ人々でにぎわっていた。
そんな美しい本屋さんを訪れたときのこと。誰か知っている作家はいないかとぶらぶら歩いていると遠藤周作の本が見えた。ちょうどその年は映画「沈黙」が公開されたところだったので、遠藤周作の本が売られていたのかもしれない。けれど村上春樹のことと言い、アルゼンチンで二人の日本人作家の名前を聞くなんて作家と小説の力にとても驚いた。地球の裏側で日本人に出会ったようなそんな気分になった。
帰国後、この二人の本が好きになったことは、書かなくてもわかるかもしれない。作家、俳優、監督やアーティスト。さまざまな仕事がある中で、個人の好き嫌いはあれど、それらが日本人以外にも影響を与えていることはとても素晴らしことだと思った。文化は国境をも越える。何がきっかけで世界に繋がっていくのかなんて誰にもわからない。けれど日本の良さがどんな形であれ伝わっていくのはとても喜ばしいことだと思った。