乗客を乗せるのはここが最後だったようで、3人を乗せるとスムーズに出発した。バスは昨日と同じ道をひたすら走った。
ウマワカ渓谷は前日と違って霧で真っ白だった。バスを待つ間も小雨がずっと降っていたが、こんな山道を霧の中走っていくのは大変怖かった。しかし、バスは全く気にする様子もなく、昨日のツアーとは全く違う速さで山を登っていく。昨日停まって写真を撮った場所すらわからないまま霧の中を通り抜けると、いつの間にかサリーナス・グランデスが見えてきた。
ひらすらひたすら何もない道を走る。たまに見かけるサボテンや砂漠のような場所。青々とした緑を見ると不思議に心が安らいだ。たまにダンプカーや大型トラックとすれ違ったがほとんど車は通らない。時折湖のような、名前があるかもわからない沼地を抜けてバスはどんどん走り続けた。わたしたち以外には誰もおらず、今にもUFOが降りてくるんじゃないかと思うような場所も通った。
南米に来てからは何度も“こんな大自然がまだまだたくさん残っているなんて…”と思った。そしてその度に当時北海道に住もうと思っていたわたしはこんな大自然を見てしまうと、日本がどうしても小さく思えてしまった。とは言え、この道を走るバスは乗っている間常に風にあおられ揺れている。ここには建物も何もないが、おそらく人間が住めるような場所ではないのだろうと思った。これだけ自然豊かでも、これだけ標高が高く、またこんな砂漠のような場所で人間が生活するのはおそらく難しい。けれど、このような人間が生活できないような広大な場所が人間には必要なんだと感じた。心に余裕がないとしんどくなってしまうように、大地の大きなスペースも同じように大切で、こういう景色を見るだけで癒されるのは、心の中にも同じようなものが必要だからじゃないかと思った。
南米に旅立つ前、南米に行きたいという夢を持ち始めた頃から知っている友人と話した。
“長年の夢を叶えてきてね。”と言われた。そんな、とてもシンプルな言葉がこの道を走っている時によみがえってきた。
夢を叶えるってなんだろう。社会人で入りたい会社に入るとか、結婚するとか、人によっては色々あるかもしれないし、夢なんてないという人もいるだろう。夢を持つこと、持たないこと。わたしの場合は考えすぎてしまって、こんな風に夢を持たずに自分がしたいことがないほうが楽に生きられるんじゃないかと悶々と考え自問したことがある。とてもくだらないことかもしれない。けれどこの道中でそんな気持ちを持った自分は自分のことをわかっていなかったと思った。夢という表現が必ずしもあてはまるとは限らないけれど、何かしらやりたいことがあることはとても素敵なことだ。それがなければわたしはここにいないのだから。まだ旅の中盤でそんな8年間思い続けてきた色んな気持ちがよみがえってきた。
今回の旅ではたくさん行きたい場所を諦めることにした。諦めるという言葉は適切ではないかもしれない。けれどずっと行きたかった場所で、未だに行きたい場所5位以内に入るパタゴニアとブラジルのレンソイスを外したからだ。
部屋に写真を飾っていたときもあった。大好きな本の作者が親切にもホーページ上に壁紙を載せてくれていて、それを使ってずっとPC上で眺めていたこともある。思えば、今回の旅を含め、それらの写真を飾っていたほとんどの場所に行けたと思う。あの頃はどのような形で行くか、そして本当に行けるのかさえまだ何も考えていなかったが、漠然としたものでさえ、こうやって形になる日がくるのだと思うと、今よりももっと幼い心で必死に願っていた自分をやっと可愛く思えた。そして、今回の旅からは外した場所へも、どんな形かはわからないが、きっといつか行けるのではと以前とは違う気持ちで思うことができた。
振り返ると、いつの間にかやらない後悔よりもやる後悔と自分に言い聞かせていた気がする。それは高校生のとき、留学したかったのにできなかったことから始まったように思う。当時を思い返すと、もっと何かしら考えたら行けたと思うが、色々あってすぐに諦めてしまった。あの時行っていたら…と考えたことはたびたびある。高校生で留学するというのは、この先一生わたしには成し遂げれないことである。後悔していることはたくさんあるけれど、やらずに後悔したものでは唯一のことではないか。 けれど思うことはそういった経験があり、少なくともわたしの場合はそういう悔しい想いややり残したという想いは後に引きずりやすく、後悔の念を残しやすいということに気づいた。
だから、一にも二にもやらない後悔よりはやる後悔のほうがマシだと思っている。怖がりだし、失敗も嫌だし、仕事でミスするのも憂鬱だが、これだけは何かあるたびに思い出すようにしている。
荒涼とした、だだっ広い道をひたすら進むと、車内でランチボックスが配られた。南米ではごはんに困ることが多々あったが、今のところ飛行機の機内やバスの中で出たものはすべて美味しかった。日本だったら逆だと思っていたのでとても不思議だった。
バスが建物の前で止まったかと思うと、いつのまにかアルゼンチンとチリの国境に着いていた。以前はビクビクしていた国境も、出入国審査を受けるのはもう3度目。滞りなく手続きを終えるとほんの少しだけ国境沿いの空気を感じることができた。
不思議なことといえば、ここまでくるのに数時間かかったわけだが、審査官の方達はどうやってここまで来ているのだろう?毎日家からこんなに時間をかけて通っているのだろうか。また、アルゼンチンとチリの人たちは同じブース内で仕事をしていた。国が違うので普通だったら部屋が分かれているはずだが、なぜ一緒だったのか不思議でならない。
とにもかくにも、そんな疑問は一生解決する気がしないが、いつか誰かに聞けるタイミングがあったら聞いてみよう。いよいよこの旅も後半に差し掛かった。全員が手続きを終えると、バスはまたまっすぐな道を走りだした。